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2006.12.01 Friday

自殺論

「自殺」を引き起こしているものは、何だ?

自殺論
自殺論
posted with 簡単リンクくん at 2006.12.01
デュルケーム著
宮島 喬訳
中央公論新社
(2000.4)

 ここのところ、自殺に関するニュースが多かった。自殺予告を文部科学省に送り付ける子供。生徒の自殺を苦に自殺する校長。自殺者が出てもいじめをやめない子供達。

 報道を見ると、痛ましい事件だとか、いじめは悪いとか、そういう論調が目立つ。しかしそもそも、これほどまでに安易に死を選ぶ人が増えていることについては、何も触れられていない。

 今日、ご紹介する一冊は、19世紀、社会学という当時、最新の手法を用いてこの「自殺」と社会的環境とのつながりを、徹底的に解明しようとした、デュルケームの古典的名著。メインタイトルは自殺論、副題は社会学的研究。デュルケームはこの一冊で、自殺という個人的・衝動的・精神的なものを社会学の視点から見てみる、ということに挑戦している。

 分析の舞台はヨーロッパ。宗教別の自殺者の統計、アルコールとの関係、人種や地域のデータ、気温と自殺の関係、昼の長さと自殺の関係・・・。社会学的というよりは、統計的、と言った方がいいかもしれないくらいだ。

 デュルケームの著作はしかし、単に実証的であるだけではなく、彼にしか導くことのできない跳躍がある。まあ、これが社会学が再現可能な科学なのかどうなのか、という問題にもなるわけだけれども、そういう議論は学問の現場に任せておくとして、彼の物語によると、自殺はきわめて社会的なもの、ということになる。

 つまり、一般的な自殺の身近な原因とされる私的な出来事は、単なる自殺のきっかけにすぎず、社会の中に既に、個人を自殺に追い込む仕掛けが施されている、ということだ。

 逆に言えば、(ここからは私の跳躍だけれども、)今の日本の社会、特に教育現場が、どこかに犠牲者なり生贄を求めるような構造を持ってしまっているのではないか、ということだ。自殺を選択する人は、周りの「空気」によって、自殺するしかない状況に追い込まれている。

 同様に、子供同士の、あるいは親が子を殺す殺人事件も同じことであろうと思う。そういえば、同級生を殺してしまい、自殺した男子学生もいた。なぜ、殺してしまうのか。なぜ、死ななければならないのか?

 デュルケームが発明した概念に「アノミー」という言葉がある。人間の欲求が社会的に満たされない形をとったとき、そのギャップによって人は苦しむことになる。これが「アノミー」である。

 ただし、この「アノミー」という言葉は定義があいまいで、どこまで有効な概念なのかは不明である。

 しかし、社会の中で、個人が幸福に過ごせなくなったとき、社会集団の期待に答えられない自分を発見したとき、人は社会から逸脱するために自殺という道を選択する。こういう考え方は有効なのではないか、と思える。

 そういえば、最近、若い人の間でキス病なる病気が流行っているという。これは幼少期に他人の唾液に触れると抵抗ができる病気で、昔の日本人はほとんどかからなかった病気だという。母親が口移しに食事をしたり、同じ皿から家族が取り分けたりしなくなった結果、また、子供を取り巻く環境が滅菌消毒され、清潔になってしまった結果、免疫が出来ないまま成長し、大人になってから誰かに愛情を覚えた結果、発病する、という現象らしい。

 人間は失敗するし、間違うし、挫折するし、人を傷つける。そんな中で人の心にも免疫が出来てくる。教育の現場や家族が温室化してしまった結果、心の抵抗力のない、逆に言えば、間違いを許さない社会が形成されているのではないか。

 社会学の古典を読みながら、そんな想像をして、少し怖くなった。


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